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Vol.2 対談:荒木一三(テクニシャン)  2/3
後藤  じゃあ、フリーになったのは?

左:エンジニアの中澤 智さん / 右:荒木 一三さん

荒木  きっかけとなったのは、ESPに入ってからラウドネスの高崎晃と仲良くなって彼の楽器のこともいろいろやってたんですけど。ミュージシャンなんで、やっぱどんどん新しい楽器欲しくなるんですよ。それをESPでは新しい楽器に走ってしまうんでは困るということで。
 それで独立して「キラーギターズ」という会社を創ったんです。ちなみにキラーはアラキの反対ってことで付けました。
後藤 デザインから全部やったの?工場とかどこ使ってたの?
荒木 はい、デザインから全部。工場はいろいろ経緯があってESPの工場で。
後藤 ケンカ別れしたわけじゃなかったんだ?
荒木 いや、ケンカ別れだったんですけども。(笑)結果オーライって感じで。お互いにメリットがあったんで。
後藤 ふーん。その「キラーブランド」は市販であるんでしょ?
荒木 もちろんありますよ。今でもあります。
後藤 あら、そうなの?一回も見せてくれないじゃない?
荒木 キラーの楽器をですか?・・・だって後藤さんが一番選ばない種類ですよ。簡単な言葉で表すなら "変形" と言われるような。メタルが使うようなやつです。
後藤 ベースもあるの?
荒木 もちろんあります!
後藤 座って弾けないような楽器か?
荒木 いやいや。座っても弾けます。僕もデザインとかやってるんですけど、座ったときに弾きやすいとかも人間考古学とか考えて作りますから。もう半端な楽器より全然弾きやすいはずです。でもパッと見はとんがってんですけど。(笑)
後籐 1本幾らくらいで売ってたの?
荒木 当時、ギターがフラットケース付きで30万弱くらいでしたかね。
後藤 凄いじゃん!
荒木 儲け重視でしたからね。(笑)で、キラーは87〜88年にかけて創った会社で。当時、Xってバンドが89年にメジャーデビューして90年代にブレイクしたんですけれども、もともと高崎氏と遊んでた仲間だったんです。その流れでXの楽器もみていて、ベースのタイジのモデルベースを作ることになって・・・初め月産30本くらいに考えてたんですけど、いきなり300本の注文が着ちゃって。
後藤 すごいね!大ヒットじゃない。
荒木 そうなんですけど。「全数僕が検品をするから本人が持ってるものと本当に変わらないものです」というのを売りにしていたのに、300本となると全数検品が難しくなって・・・それは自分の意思とは反することとなるので僕は抜けたんです。
後藤 あれ?じゃあ今は荒木さんキラーにタッチしてないの?
荒木 してないんですよ。
後藤 自分のブランドなのに売っちゃったの?
荒木 その辺は、まだ若かったので・・・うやむやに始め、うやむやに抜けてしまったんです。・・・ケンカ別れでは無かったんですけどね。
後藤 あっちこっちでケンカしてるの?(笑)
荒木 (笑)それはあるかもしれないですね。問題児なんです。っていうのも、譲れない性格なんですよ。あんま人に流されない部分があって。
後藤 じゃあ、それから他にオリジナルブランドとかは?
荒木 立ち上げてとかでは無いんですけど、レコーディングで若いバンド連中とかプロデュースしてると「楽器作って」ってとかになることもあるんで。そういう単位では作っています。
後藤 僕なんか本当楽器弾くだけで、ピックアップが何だったとか楽器から離れちゃうと覚えてないくらいなのよ。EMGくらいの名前は覚えるけど。要するに運転はするけどピットワークはちゃんとメカニックの人がいないと何にも出来ないっていうタイプだから。本当荒木さんは頼りにしてます。
荒木 ありがとうございます。
後藤 楽器の本数はどれくらい持ってるの?ギター凄いんでしょ?
荒木 ギターの数も凄いですけど、後藤さんとお仕事するようになってからベースもやたら増えてますよ。(笑)
後藤 何本?
荒木 ベースで100はあると思います。
後藤 貯金通帳にはお金ないんだけど、楽器を売ったら凄いってのが荒木さんの自慢でしょ?(笑)
荒木 あはは。確かに。ギターはもう、400本オーバーですね。
後藤 すぐ買っちゃうんだ?
荒木 すぐ買っちゃいます!(笑)実は昨日も買っちゃいました。


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